第2章 能率

第1節 能率とは


すでに第1章でも述べたように、われわれ製造企業に働く者にとっては、ムダを省いて効率の良い生産をおこない、その結果、原価を低減することが、もっとも大切なことである。

そのためには、日頃からムダ排除に心がけ、不断の改善によって生産の効率を高めるよう努力しなければならない。

努力した結果、過去にくらべて生産性がどれだけ高められたかをはかる「ものさし」としては、一般に「能率」が用いられる。

能率に関連したいろいろなものの見方、考え方については、日頃からきちん整理しておかなければならない。ものさしの使い方を誤っては、改善に対する正しい評価もできない。

それどころか能率も上がったが原価も上がった、などという場合さえ出てくるかもしれない。

したがってこの章では能率に関する考え方を中心に説明を進めていきたい。

1−1 効率と能率

最初に効率について考えたい。効率とは「機械が実際になしうる仕事とその機械に供給したエネルギーとの100分比のことを言う。したがって、100%以内の数字で示される」という意味である。この考え方を生産にあてはめて、われわれは生産の効率という言い方をするが、これは「ある製品について、製品になった(あるいは工程を進めた)労働力(=エネルギー)と、これを造るために出された労働力との100分比」のことである。

生産の効率が50%であると言えば、作業者の出した力のうち、半分しか製品を造るのに(あるいは工程を進めるのに)役立っていないで、残りの50%はムダな力を出した、ということを意味する。同様に80%の生産効率といえば、作業者の出した力のうち80%が役立っているということで、前の例にくらペると生産の効率は相当に高い。

このように、効率の高い生産というのは、皆の出している力の大部分が物を造り出す(すなわち、付加価値を高める)力になっていることであり、これは大変望ましいことである。

考えてみると、だれでも会社へくると一生懸命作業をしている。ところで、この作業の内容をよくみると、たとえば、品物をあちらへ積んだり、こちらへ並べたり、部品をパレットから小出しに出してみたり、まとめてみたり、およそ工程の進みとは無関係な作業に汗をかいている場合がある。また、非常な速さで次から次へと製品を造り出しているが、その半分くらいは不良品で手直しを要したりする。これらは一生懸命やっているが、付加価値に結びつかない効率の悪い例である。これではせっかくのエネルギーの浪費であり、作業者にとっても真に力を活かしたことにならない。

作業のやり方を決めるのは現場の監督者であり、この作業の効率が悪いということは、管理・監督者、スタッフの責任である。管理・監督者やスタッフは、日頃から作業者のおこなっている作業の内容が、効率の高いものであるよう改善し続けなければならない。

次に、改善のための努力が続けられ、この結果、生産効率が高くなって従来より相対的にたくさんのものができるようになったとしよう。このような場合,わたしたちは改善前に比べて仕事の能率が上がったという。

能率とは一定時間内(たとえば、一時間当たり)に何人で何個作ったか、という出来高を比較するときに用いられる。このとき、基準(標準)になるのは、前月とか過去6カ月平均とか、 これまでの実績の中から作られることが多い。「今月は標準に対して15%能率がが上がった」というような使い方をする。したがって、効率とちがっで能率の場合は100%をこえることもありうる。

一般に、仕事の成果と労力の割合を率で表わしてみるやり方は、企業の中のあちこちで見受けられる。たとえば、「能率」以外にも「稼働率」とか.「労働生産性」とか、

「SPH(時間当たり生産高)」とかいったものも、すべで効率よく仕事が進んでいるかどうかの評価の「ものさし」として使っている。

こういう「ものさし」で仕事の成果をはかる場合、特に注意しなけれぱいけないことが2〜3あるので、次にこれについて述べる。

(イ)稼働率にしてもSPHにしても、これを上げること自体が目的ではない。

やはり、われわれの目的は原価の低減である。

あらゆる条件を無視して稼働効率を上げたり、SPHを高くしたりすることは、場合によっては原価を高めてしまう。たとえば、ライン稼働率を上げために、少々の設備故障ならカバーできるくらい中間仕掛品を各工程に持つとか、前工程の欠品の影響を受けないように、全種類の部品をたくさん持ち、仕掛方法も部品のそろっているものを組むといったやり方を採用すれば、多分、稼働率は上ると思われる。しかし、このやり方では原価を高める場合の多いことが、過去30年の現場管理の体験でわかっている。だから、これらを用いるときは、常に目的に合致しているかどうかを明確にし、各種の条件を把握してはじめて有効な「ものさし」として使用できることを記憶する必要がある。

(ロ)能力をどう見るかということは非常に大切である。

機械設備であれば、最高能力は一般にマシンサイクル(連続打ちの時間)である。現在使用している機械が、能力としてどの辺にあるかをはっきりと見わけておくとともに、必要ならば能力は上げることができるという意識でみる必要がある。

人の場合は、動きと働きを分けてみることが必要である。作者がサイクルタイムの中で動きっぱなしに動いても、それが本当に必要なものと、そうでないものに普通は分けることかできる。前者は付加価値を高めている動き(これをトヨタ式生産システムでは働きといい、単なる動きと区別している)およぴこれに関連して欠かすことができない動きであり、後者はそれ以外の動き、すなわち、省いても何の支障もない動きである。

これをムダと呼ぷ。

ムダが入ったままの動きをとらえて、これが人の能力であると考えてはいけない。

(ハ)より速くという時間の観念は、十分にその意味を考えることか大切である。

より速く仕事するということは、これによってより多くの工程を持つことができ、全体としてより少ない人間で仕事ができる、というところに結ぴついてはじめて意味をもつ。

より速く製品を造ることでより多くでき、このため能率が上がる。しかし、これは場合によっては損になる。

最初に述べたように、能率はあくまで一つの「ものさし」である。 あくまで目的と照らし合わせて用いるようにしなければならない。

1−2 目的は原価低減

前項でも述べたように能率を向上させる目的は、原価の低減にある。

したがって、能率を上げることが目的となっては、全体の運営上間違うおそれが多分にある。

高能率と低原価とが一致して、初めて能力を向上する意味が生じてくる。

このためには、常に一致するように目が向けられ、アクションがとられなくてはいけない。

たとえば、SPH(時間当たり生産高)の向上を管理目標としている現場をよく見かける。

(注)これは率ではないが、生産性向上のものきしとして使われている点では、同じ考え方とみてよいだろう。

あるラインでは、ラインの後に黒板を置き、1時間毎に出来高を書き込むやり方をしている。

現場がこれを続けていると、いつの間にか、SPHを上げること自体が目的であるかのような錯覚に陥ってしまう。

SPHを上げるためにできるだけ段取替を少なくし、大ロットで生産する。

今日の分がもうできてしまっても時間がある限り、翌日、翌々日の分を打ち続ける。たしかにSPHは上がるが、本当に原価低減になっているのだろうか。

やっている人は、高能率だからもうかったと思っているが、実際は後工程との中間に在庫の山ができているだけである。

この場合は、できるだけ小さなロットで後工程の引き取りに対応すること、必要な分だけを生産することが、このラインのまず第1の条件である。

この条件の中で、SPHを上げることをおこなって、はじめて原価低減につなかる。この条件を取り外して、単にSPHを上げるだけなのは、かえって工場全体でみてマイナスである。

高能率と低原価とは、常にイコールではないということはこのような意味である。

この考え方に関連して、トヨタ式生産システムでは、カドウ率についても次のような使い分けをするようにしている。

1-2-1 稼働率と可動率

稼働率とは、その機械がフル稼働したときの、能力に対する現時点の生産実績である。

したがって、これは月々の生産台数で 当然上下するものであり、売れゆきが悪くなれば下がるし、反対に非常に注文が多ければ、長時間残業や交代勤務をやって、120%も130%も出さなければならない場合もある。(定時間フル操業を100として)だから、必要でないときに稼働率を上げるのは大きな損となる。

一方、可動率は動かしたいときいつでも動く状態をいい,これは100%が理想である。このためには予防保全が確実におこなわればならないし、また段取時間の短縮がはかられなけれはならない。

稼働率と可動率は、厳密に分けて考えなければならない。この考え方を理解するためには、これを自分の持っている車に当てはめてみるとわかりやすい。

可動率とは、いつでも乗りたいときに乗れば調子良く動く状態を率で表わしたもので、これは100%であることが望ましい。

一方、稼働率とは、一日のうちでどれだけの時間車に乗っているかの比率である。だれでも必要なときだけ車に乗るであろうから、100%が理想であるとは言えない。むしろ、用もないのに朝から晩まで乗り回していれば、ガソリンやオイルをどんどん消費するだろうし、故障の確率もふえてくるので損である。

次に、生産量と人数の関係についても同じことが言える。何人でいくつ造るかという関係を能率で表わした場合、原価低減に直結するのはどれかということである。

ここでも、能率向上と原価低減は、かならずしもイコールではないことを明記すべきである。

l−2−2 真の能率と見かけ(計算上)の能率

次のような例を考えてみよう。あるラインでは10人で100個/日の製品を造っている。このラインを改善した結果、能力が上がって10人でやれば120個/日製品ができるようになった。これは20%の能率アップである。ちょうどこの改善を実施したのが増産期と合致していたので、今月からは120個/日の生産計画となった。

この場合は2人増員したかもしれないところを、改善によって人数はふやさずに生産台数を上げ得たので、もうけにつながる改善である。

では、生産計画が100個/日で変わらなかったり、あるいは減産で90個/日になった場合はどうなるだろう。このときも能率が上がるからといって、毎日120個/日ずつ造ったとしたら、製品は1日に20〜30個ずつ余ってしまう。これは材料費、労務費の先食いだけでなく、この在庫を管理するためにパレットや置場所や工数がふえ、会社としてはかえってマイナスになってしまう。このままでは業績に寄与しない改善、むしろ”改悪”である。

この例のように、必要数が変わらなかったり減った場合でも、もうけにつながる能率向上をするにはどうすればよいのだろうか。

この場合は、100個/日を8人で(必要数90個/日なら90個/日を7人で)造るように、工程を改善しなければならない。これなら能率も向上し原価も低減する。

このように、同じ能率向上といっても、10人で120個/日造るやり方と、8人で100個/日造るやり方と2とおりある。どちらも2割前後の能率向上であるが、どちらのやり方をとるかは、生産台数(必要数)がいくらかということによって決められる。すなわち、生産台数が大前提であることを忘れてはいけない。

ところが、計算の上では似たような結果となるこの2とおりのやり方も実際にラインで実行する場合は大きな違いがある。台数をふやして能率を上けるやり方は、比較的容易で大部分の監督者はやれるが人を減らして能率を上げるやり方はこれの数倍難しい。だから、どうしても能率向上というと、必要数を無視して前者のやり方をとる傾向が出てくる。

他社も含めていろいろな現場で、能率向上のかけ声の下に速いスピードで製品が造られ、ラインの後で在庫の山となっていることを見かけるが、これは必要数が前提だということを忘れているのと、もう一つは、量をふやして能率向上する方がやさしい、というところに原因があると思われる。

しかし、減産時にこういうやり方で能率向上をはかると、一方で売上げが減っているのに、他方で出費がふえることになり、最悪の場合、会社の命取りにもなりかねない(特に中小企業においては、こういうやり方の打撃は大さいものがある)。

このように、必要数が変わらなかったり、減産しているときに、量をふやして能率向上をはかるやり方を、トヨタ式生産システムにおいては、見かけの能率(すなわち、計算の上だけの能率アップ)と呼んで、やってはいけないこととしている。

いくら困難であろうとも、工数低減をして能率を向上させなければならないときは、それに挑戦しなけれはいけない。むしろ、このやり方ができるようになっておれば、増産期に能率を向上させるのは大変やさしいことである。この意味では、減産期こそ管理・監督者やスタッフは、力をつけるチャンスであるということが言えるだろう。

1−3 「生産量=必要数」が大前提

ここまで述べてくると、どうしても必要数というものについて考えざるを得ない。

前項で述べたように、能率向上には2つのやり方がある。一つは生産量を大さくすることであり、他の一つは人数を減らすことである。

現実のラインで、能率向上のためにどちらの方法をとっても良いということになれば、大部分のラインは生産量の増大をとるであろう。このやり方の方がめんどうでなく抵抗も少ないからである。

しかし、このやり方は月々生産量が増大しているか、以前から能力不足で残業に追われているラインには適しているが、それ以外には造りすぎのムダが発生し、原価アップにつながることは前にも述べたとおりである。

何度も言うが、目的はあくまでも原価低減にあるのだから、能率の向上もこれに合致した方法がとられなければならない。造りすぎによるムダを排除して原価低減するためには、生産量と必要数とがイコールでなけれはならない。

では、必要数は何から決まるか。それは売れゆきである。すなわち、市場の動向から決まってくる。したがって、現場にとっては与えられたものであり、勝手に数量を増減できないと考えなければいけない。

だから、生産現場でおこなうべき能率向上も必要数を前提として、この範囲の中で達成しなければならない。

能率をものさしとして用いる場合は、以上のような考え方が根底になければならない。これがきちんと整理されていれば、造りすぎのムダが発生することは防げる。そして、能率向上 = 原価低減ということになるのである。

なお、必要数が改善前と変わらないか、減った場合の改善のやり方について、もう少し具体的に見てみよう。

この場合、工数低減をはかって能率を向上するということは、必要数から算出された生産タクトの中で作業の中のムダを省いて、できるだけ多くの仕事(働き)をしてもらうか、あるいは、人の作業の一部を自働化して、その分を別の仕事をしてもらい、次にこれを集めて、より少ない人間で生産活動をおこなうときにはじめて実現される。この際、機械設備や治工具、運搬用具など、すでに金を払ってしまったものは、どのような使い方をしても今後の原価には影響がない。必要数から算出された生産タクトどおりに使用されればよいのであって、機械の稼働率もこれによって決められてしまう。

これについては前項で説明したとおりである。