第5節 工数低減と人間関係

5−1 トヨタ式生産システムの基盤は人間尊重

一般に工数低減というと、労働強化につながると考えられがちであるが、 トヨタ式工数低減活動は、主としてムダ排除ということであり、決して労働強化をしているものではない。
たとえば、艤装ラインにある部品を5歩も6歩も歩いて取りにいったり、何度も車の中に出入りしたりしている。
この5歩、6歩と歩くことや、車に出入りすることを明らかに付加価値を生み出す仕事に振り向けることによって、 相対的に工数低減をしていくことになる。

この例のように、皆が仕事だと思ってやっていることの中で、利益にならないムダな行動がけっして少なくない。
そのムダな行動(行為)を排除して、人間が出したエネルギーをより有効な仕事に結びつけるということこそ、 人間尊重につながることになる。

会社で自分の貴重なエネルギー、時間を提供している人たちが、 真に有効な仕事に力を注げないほどつまらないことはないし、また、そうさせることは、 もっとも人間尊重に反するものであろう。
人間は有効な仕事に力を注ぎ、自分のやっている仕事に価値意識を持ってはじめてやる気が起こるが、 ムダな仕事をやらされていては、価値意識どころではない。
当然やる気を期待することはできないだろう。

人間の出せる力は限りがある。
その力をいかに有効なものに振り向けることができるかが、人間尊重につながるのである。

工数低減は、人間性を無視した労働強化であるという問題がおきるのは、 そのやり方がまずいのか、あるいは、誤解から生ずるものであろう。
5−2 真の人間関係は相手の身になって

監督者やスタッフが現場の工数低減をはかる場合、仕事をやる人の身になって真剣に考えれば、 真の人間関係が生まれ、労働強化の問題などは生じない。

朝から現場に立ち、現場で仕事をやっている人の身になって観察し、 改善を試み最後まで面倒を見る態度があれば、 現場の作業者との遊離は起こらないだろう。
表面的におだてたり、機嫌をとっているだけでは、真の人間関係など得ることはできない。

少し古い話であるが、有名な話であり、会社における人間関係の育成にも役立つと思うので、 しいて例を引用することにした。

バレーボールで有名なあの大松監督は、けっして彼女たちをおだてたり、 機嫌をとったりして引っ張っていったのではなかった。
選手の身になり、その心をつかんで訓練をしたのである。
そして、試合の時には、監督の意のままに選手を駆使できたし、 また、選手たちは監督の意に応えたのである。

現場の監督者が、現場を指示通りに動かすためには、監督者と現場で働く人たちとの信頼関係、 つまり、真の人間関係がなければならない。
そのためには、監督者自身が人間尊重を基盤として常に作業者の身になって考え、 その心をしっかりつかんで訓練し、自ら先頭に立って、 どんな面倒な問題でも積極的にぶつかっていかねばならない。

ここで特に大切なことは、どこの職場にも必ず何か問題がり、誰かが困っているという現実がある。

例えば「作業がやりにくい」「危ない」「調整が難しく、折角やっても不良品が多発する」 「後工程の引きがばらついて、優先順位がわからない」「作業票の表示がみにくい、わかりにくい」などである。

このようなことは、当初は誰でも訴えるが、放っておくとあきらめてしまう。
これには目をつむっておいて「人を減らせ!」「改善せよ!」といっても、 これは不平不満がつのるばかりである。

監督者が、自分のやらねばならないことを放って置いて、 作業者にばかり押し付けるということをすれば、 作業者が不信感を抱くのは、人間として当たり前のことである。
監督者やスタッフが、現場で働く人の身になって一緒に苦しみ、問題を解決していく態度が、 その人に対する信頼感を生み、やがては、ともに改善しようという気持ちにつながってくる。
TWIの「人の扱い方(JR)」でもいっているが「部下を個人として、人間として扱う」ということが基盤となって、 諸種の人間関係の問題を処置したりして、部下の能力を生かしているのである。
この精神は、昔も今も変わらない人間関係の真髄であろう。

同じ釜のメシを食い、ともに苦しみ、ともに喜びあう中から生まれてくる連帯感や信頼感が、 一部欠けているのではなかろうか。
職場においては、それらを取り戻すことが大事であり、その上で工数低減活動が展開されねばならない。
その場合には、部下を参画させ、共通の意見交換の場を持たせたり、一緒にアイデアを考えるということも、 忘れてはならない大切なことである。
工数低減の考え方自体は非常に合理的であり、だれでも納得の出来るものであるにもかかわらず、 それをおこなうときの人間関係を阻害するとか、労働強化が生ずるといった誤解が生まれるのは、 それ以前の相互信頼関係が薄れていたり、実行させる方のネライを、理解しようとする気持ちがない場合が多い。

これに関する実例として、ある工場の総組立艤装ラインの改善について紹介する。

(イ) 状況説明
  1. 、46年9月下旬、これまで3.6分/台のタクトを3.3分/台に早めた。 (ただし人は増やしていない)
  2. 、9月下旬〜10月下旬にかけて、ラインストップが120分〜150分/直、発生した。
  3. 、仕事がきつい、労働強化だ、という苦情が労働組合へかなり持ち込まれた。
  4. 、10月中旬、技術員室の技術員とともに、改善のためにラインに入った。
  5. 、以降、ラインで困っていることを中心に改善を重ねた。
  6. 、11月中旬のラインストップは20〜30分/直、程度に減少した。
  7. 、改善は大小合わせて100件近くおこなった。 改善をスタッフがおこなったのは、最初のうちだけで、約2割、 残り8割は現場の作業者がおこなったのである。


(ロ)現場の反応
  1. 、9月下旬から10月上旬に掛けてでていた苦情は、まったくなくなった。
  2. 、現場からの改善案がどんどんだされ、次々に実行に移されていった。
  3. 、11月、12月に班長以上が集まり懇談会(反省会)がもたれた、席上次のような意見が出された。

    1. 現場にやる気が出てきた。姿勢が前向きになった。
    2. まだムダがある。改善しなければならない。
    3. 班長が十分に改善に打ち込む余裕がほしい。
    4. 頼んだことをすぐやってもらえたのは大変よかった。
      今後、技術員室も現場の困っていることをすぐ直してほしい。放りっぱなしでは困る。

  4. 、このように約く1ヶ月で現場のやる気は大いに盛り上がってきた。 「労働強化」というような声はまったく聞かれなくなった。
  5. 、最近のラインの雰囲気

    1. 改善スタッフの姿を見ると、すぐとんできて困っていることを相談する。
    2. 「こうやったらもっとよくなる」という改善提案が作業者からも出される。
    3. 改善を実行するとき、自分たちで手はずを決め、就業後、皆でおこなっている。
5−3 信頼関係は改善活動への全員参加から

監督者やスタッフは、現場からの提案や相談を尊重して、現場の人たちと一体になって、 工数低減活動を推進しなければならない。

そうすることによって、全員が改善意欲を高め、改善への参加意識を持ち、 作業の単調化からくる人間疎外感が排除される。

つまり、自分も職場をよりよくすることができるという参加意識がもて、 自分たちの力で改善が出来たという達成感と満足感を味わい、自信が植え付けられ、 次から次へと改善の目が向けられるということになる。
この達成感、満足感や自信こそが人間疎外から脱却するものであり、 「やるぞ」という意識高揚の源ではなかろうか。
そういう職場では、自然にモラールの向上も期待できるであろう。

ある機械工場の生産量が増えたとき、フロント関係の監督者は、組み付けコンベアのスピードを少しずつ上げ、 リヤ関係の監督者は皆にどうしようかと相談したという例がある。
この場合フロントは最初目だって量が上がってきたが、あるところから停滞し、 逆に最初もたついていたリヤが、最後は早く生産量が達成できるようになったという。

したがって、監督者やスタッフは、常にそこで働く人と一体となって改善活動を進めるとともに、 誰もがこのような活動に参加できる雰囲気、環境作りに努力を惜しんではならない。

各工場で用いている「かんばん」は、目で見る管理ができる状態を作るということである。
したがって、そこで働くだれもが、問題点や改善点を発見しやすい状態になっているから、 作業者一人一人の参画意欲の向上をはかるという意味からも、 全員が工数低減活動に参加するように心がけなければならない。

現場で監督者を中心に、作業者の皆が「この工程はもっとこのようにしたほうがよい」 「いや、この方がムダな動きがない」などとお互いに建設的な意見を出し、 納得のいくまで追求するその瞳の輝きこそ、職場の人間関係が円滑にいっている一つの証拠であり、 当社の創業の精神の現われでもある。

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